「ChatGPTに今晩のレシピを尋ねる」。何気ないやり取りの裏側で、世界中のデータセンターは膨大な計算と熱を吐き出し続けています。半導体の性能は発熱という制約に直面し、地球温暖化を含む環境問題は、もはや「いつか変わればいい」では済まない段階に近づいており、人類が積み重ねてきた材料開発の勾配は、もはや課題のスピードに追いついていない――。

そんな「熱」と「材料」を入り口に、人類社会の未来を切り拓こうとしているのが、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻の塩見淳一郎教授。

今回は、超音速機への憧れに始まり、スウェーデンでの博士課程、5年に及んだ「氷河期」、そして雲の上だった研究者との邂逅まで、塩見先生の研究者としての軌跡と、これからの研究組織の在り方について伺いました。



■プロフィール 塩見 淳一郎 先生 ―Prof. Junichiro Shiomi

東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻 教授

東北大学在学中にカリフォルニア大学へ留学し、卒業後、スウェーデン王立工科大学(KTH)にて博士号を取得。日本学術振興会特別研究員(PD)として東京大学に着任し、MITでのサバティカルを経て、JST「さきがけ」に採択。原子の振動レベルから熱を制御するフォノンエンジニアリングを専門とし、半導体のサーマルマネジメントとAI for materialsという二つの軸で研究を展開している。


「変化の勾配」を大きくする

―― はじめに、塩見先生はどんな研究をされているのですか?

細かいテーマは色々あるのですが、今は大きく2つの軸を立てています。

1つは熱エネルギーをどうマネジメントするかという話で、これが半導体の熱マネジメントに関わってくるところです。もう1つはAI for materials、つまりデータ科学や情報科学を使って材料開発をどう革新するか。本当は6軸くらいあるのですが、あえて挙げるとこの2つですね。


―― その2つに絞られた背景が気になります。

今考えられている社会問題っていくつかありますよね。問題として認識されている以上、何かしらの形で解決へ向かうためのアプローチがかけられていますが、その中でも「いつか変わればいい」では置いておけない問題が増えています。私の挙げた2つの軸は、”変化の勾配を大きくしなければならない”問題に対しての取り組みです。

「AI for materials」のスピード感は、ある意味すごく分かりやすい。

日本的なビジョンで見ると、日本はリソースが限られていて、若い人たちの人数も他の国と比べてどんどん少なくなっている。一方でいろんな産業分野に取り組んでいる。そうすると技術あたりのパーキャピタが減っていってしまう、ということになる。じゃあどうやって効率よくスマートに物事を進めるか。ロボティクスで自動化できるところは自動化して、AIでスマートに。今までトライアンドエラーで人の感覚でやっていた部分を、データを集めてデータに基づいたディシジョンメイキングに変えていきます。

これまで人類が材料を開発してきた歴史は素晴らしいものだけれど、今の開発勾配を外挿していった時に、地球が「まずいことになる」前に技術革新が間に合うかというと、間に合わない。今の勾配が圧倒的に足りてないわけです。これまでの経験則に基づく材料開発のスピードのままでは間に合わないから、AIとデータを使って勾配を変えていく。それが、社会問題の解決につながると考えています。


――AI for “materials”、その対象が「材料」である必然性は?

特にどの技術を革新しなきゃいけないかというと、やっぱり材料だと思うんですよね。

再生可能エネルギーで何かやろうとした時、風でも太陽でもいろんなものを使ってエネルギーを作ろうとした時、その肝になるエネルギーが変換されるスケールというのは材料のスケールだったりする。エネルギーを蓄えるにしても何をするにしても、やっぱり材料が必要で、変化の勾配を大きくする重要な要素なんです。


AIを止める「熱の壁」に挑む

―― もう一方の「熱マネジメント」も、現代社会の喫緊の課題と聞きます。

いわば「データ問題」ですよね。

皆さんの情報に対する欲というのが、もう留めどなく、破綻しかけるぐらいの勢いで広がっている。TikTokを何気なく見ている時もそうだし、ChatGPTやGeminiに「今日の夕飯何食べたらいい?」と聞いて答えが返ってくる、そのやり取りの背景でも実はエネルギーがすごい使われている。このまま情報への欲をこのペースで成長させていこうとすると、計算機が全然足りないし、データセンターが足りないし、それを賄うエネルギーも足りない、という話になるんです。


―― そのボトルネックが「熱」なのですね。

そうなんです。NVIDIAなどがGPUをたくさん作っていますが、その性能が何によって制限されているかというと、実は発熱なんですよ。

コンピューターの中を開けると緑色のマザーボードが入っているじゃないですか。あれは今ポリマーでできているのですが、そのポリマーがもう持たないくらい、溶けてしまうくらい熱が出るようになってきている。だからもう素材ごと変えなきゃいけない、という話になっている。

TSMC*のようなメーカーからすると、ラインや製造インフラを変えなきゃいけないというのはすごいコストがかかることなのですが、それをやってしまうぐらいそこの部分の問題がクリティカルになっているというのが現状です。

我々はそこに、ナノの世界から新しい材料を作ったり、熱を逃がす機構を考えたりすることでアプローチしています。データや半導体が地政学上の重要な資本になっている今、相当タイムリーに反応して技術開発をしていかなければいけない領域です。

* TSMC:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company


恩師の”人”に惚れ、熱研究の道へ

―― そもそも、塩見先生はどうしてこの分野に進まれたのですか?

実は、最初からずっと熱や材料をやっていたわけではないんです。元々は航空がやりたくて、東北大の3年生の時に最初にやった研究は超音速飛行機の話でした。3年の時に1年間カリフォルニア大学に留学したのも、航空工学科で。


―― 航空からどうやって熱の世界へ?

博士はスウェーデン王立工科大学(KTH)に行こうと決めて、超音速のプロジェクトでPh.D.をやらせてくれるという話だったので行ったんですよ。でもストックホルムに着いた後に、「ごめん、ファンディングが取れなくてあのプロジェクトはなくなった」と言われて。「心配するな、知り合いに紹介する」と言われて紹介していただいたのが、宇宙の無重力環境で材料を作るというテーマをされていた先生でした。

熱研究に進んだのは、研究内容というより、その紹介先の先生に惚れてしまったのが理由で(笑)。本当に意図しない出会いでしたが、その後の私の人生にものすごい影響を及ぼす人、私の恩師になる人でした。研究はたまたま熱系のプロジェクトで、そこから4年半ほど取り組んで、その流れで帰国したポスドク先でも「分子の世界から熱を考える」というテーマを続けることになります。


―― 大学に残るキャリアは最初から見えていたのでしょうか?

大学に残るつもりは最初なかったんですよ。就職活動をしていて、内定もいくつかもらっていました。もうその会社に勤めようと思っていた12月くらいに、学振のPDが当たって。

なんとなく、物事を自由に考えるということにもっと身を置きたいな、と思ったんですよね。それで日本に帰ってきてポスドクを3年やりました。日本だと長めだと思うのですが、そこが私のターニングポイントですね。本当に知的な生活を3年間過ごせました。

私はアカデミックキャリアを進みたいという欲求はなくて、どっちかというと「制約があんまりない中で自由に発想して考えたい」というのが一番軸にあって、それを一番やりやすいのがたまたまアカデミアだった、ということなんですよね。2004年当時の話なので、今だったらもしかしたら他の選択肢もあったかもしれない。ただ振り返ると、良いアカデミアの環境にいられたら、自由に発想していろんなことができるという意味では、それに勝るものはないとも思っています。


氷河期がもたらしたもの

―― 順風満帆に見える研究歴ですが、苦しい時期はありましたか?

5年間くらいは氷河期だったんじゃないですかね。ポスドクの3年も、助教になってからしばらくも、研究費を出しても全然当たらないし、学会で発表しても誰も質問してくれない、という状態が続きました。

所属していたのはカーボンナノチューブの大きな研究室だったのですが、その中でも花形研究とノン花形研究があって、私はずっと後者でした。学会に行くと、花形のテーマは発表後に質疑応答でいろんな人が並んで待っているのに、自分が発表すると誰も興味ない、質問も出ない、というのがずっと続いていたんですよ。


―― 状況が変わったきっかけは何だったのでしょうか?

2010年にサバティカルで1年間、MITに行ったことです。

恩師のうちの一人、MITのGang Chen先生との出会いが大きかった。研究の内容はもちろん、研究の展開の仕方や考え方まで色々教えていただきました。ビッグラボで40人とか人がいて、その多くが今アメリカでPIになっています。教授ご自身は忙しいのでそこまで時間を費やしてくれたわけではないのですが、そのグループの方々と色々やったのが一番きっかけだったと思います。

それまで自分が注目されないながらも積み上げてきた研究経験がすごく大事だったことにも気付かされました。なぜかというと、そういう優秀な人たちとインタラクトする時に自分の武器を持っていないとインタラクトできないんですよね。ギブアンドテイクなので。私はその、あまり注目されずにやってきた計算科学の技術があって、それを持っていたことが武器になりました。


―― Gang Chen先生から学んだ研究の進め方のエッセンスを、教えていただけますか?

ちょっとしょうもないかもしれないですが、「もう一段絞り出す」ことの重要性ですね。

オリジナリティの出し方には、表面的なものと根本的なものがあるんです。流行りものをくっつけて新しく見せる、というのもあるじゃないですか。でももっと根本的なオリジナリティというのは、人が誰でもアクセスできるはずなのにたまたま手がついていないテーマと、自分がめちゃめちゃ勉強したり深く理解したからこそアクセシブルになるものとが、全然違う。その後者の重要性を、結構教えてもらった気がします。

人が止まるところをもう一段、時間をかけて、疲れながら体力も使いながら掘り下げることによって、人が持っていない物の見方が見えてくる。うちの学生にもそれをやろうとするんですが、しんどいから、たまに嫌がられますよね(笑)。そのしんどさの先にあるオリジナリティを、私自身もMITで教えてもらった気がしています。

余談ですが、その恩師が先日、サバティカル先にうちの研究室を選んでくださったんですよ。当時は「雲の上」の存在でしたし、自分の変化のきっかけを作ってくれた先生だったので、やっぱり嬉しかったです。半年ほどいらっしゃって、うちの学生にも非常にいい影響を与えてくれました。


変革の時代に研究者にならずして

――様々な環境で研究活動をされてきた塩見先生ですが、前述の「勾配を大きくする」ためのスピード感とも関連して、研究者は今どんな在り方が求められると考えられますか?

多くの領域、量子コンピューターにしても、バイオ系なんか特にそうですが、基礎と応用の距離感がすごく近づいてきている。昔から言われてきた「基礎と応用」「アカデミアと企業」という分け方が、相当変わってきていると感じます。

だから我々アカデミアも、今までみたいに「まず基礎学理を固めて何十年かやった後に、じゃあ応用への展開を考える」じゃなくて、もう本当にDay 1から応用のことも頭に置きながら、もしくは「基礎がそのまま何かで使えることになるんじゃないか」ということを念頭に置きながらやっていく。そういう研究者のマインドセットを変えていく必要があると考えています。

今、変革の時代でやることがものすごくたくさんあるんです。そう思うと、すごくワクワクしませんか。ポジションとか待遇の話になると、つい悲観的になりがちなんですが、今こそみんな研究者になったらいいんじゃないかと思うぐらいです。


研究者の道を拓くために

――その変革の時代に向けて、研究者が心得るべきものや、研究業界に足りないものは何でしょうか。

研究者キャリアにもっとモビリティを増やして、自由度を増やして、それぞれが自分の事情や環境に応じてキャリアパスを最適化できるようなことがあったらいいと、すごく思っています。諸外国と比べて、日本はその自由度がまだ少ない。

原因はいくつかあると思うんですが、一つは情報、つまり人と人が繋がれるプラットフォームがまだ弱いこと。アカデミアだけでなく、企業から「こういう人が欲しい」となった時に適切にアクセスできる仕組みが整っていない。あとはやっぱり大学そのものの問題もあって、日本はどうしてもモノピラー(Monopillar; 一本柱)というか、マルチピラー(Multipillar; 複数柱)になっていない部分があって、一つの大学での勤務年数がすごく長くなりがちで、人材の流動性がない。

例えば東大だと、「東大に研究者としてどうやって残るか」を考えるマインドがすごく強くある。でも本来は、東大に残ることを考えるんじゃなしに、自分のスキルアップやキャリアをどう磨いていくか、つまりキャリアプランとキャリア教育を考えていくべきだと思うんですよね。日本にも優れた研究機関はいっぱいあるし、世界中に広げればなおさらです。


――若者がこれから研究業界を志すきっかけとして、研究者が「憧れ」の存在になることも大事なように感じます。

それは面白い視点です。

私たちのアカデミックコミュニティで尊敬されている人って、実はちょっと違うんですよ。「スタートアップを作って、スピンオフして、お金もいっぱい得て」というのも一つのかっこよさだとは思うんですが、アカデミアで尊敬されている人というのは、物をすごくよく知っていて、話していて楽しくて、知性に裏付けられた「余裕」がある人、というイメージがあるじゃないですか。アカデミアにいる人だったら「ああそういう感じね」とすごく分かるんだけど、多分一歩外に出たら誰も分からない可能性があって。

そういうアカデミアで尊敬されている人が、もう少し一般社会や高校生・中学生にも理解されて、「こういう人になりたい」と思ってもらえるようになるといいなと。


―― 組織の在り方に課題を感じることはありますか。

一つは入試制度ですかね。MITでは夏に、高校生向けのキャンプをある程度リソースをかけてやっているんですよ。そこで学生も大学に興味を持つし、大学側も学生の評価ができる。それが入学に繋がっているんですよね。

日本ではよく悲しい話としてあるのが、高校や中学で出会ってすごく興味を持ってもらって「先生の研究室に行きます」と言ってくれても、入試が厳しかったりして受からない、というケースです。もちろん入試の仕組みをそのまま変えればいいという単純な話ではないですが、問題を解くのが得意なことと、いろんなことで突き抜けていて社会に貢献するだろうという能力はまた違ったりするわけですよね。そういうところを包括的に評価していくという意味での総合型選抜の議論はだんだん進んでいるけれど、スピード感としてはまだ勾配が十分じゃないかな、とは思います。

もう一つは、研究組織なのだからちゃんと研究できるようにする、というすごく当たり前の話です。

研究って本来みんなが面白がるようなことなのに、それでも「私の人生どうなっちゃうかしら」と思う若者がいるのだとすれば、やっぱり組織側に問題があるんですよね。だから組織として、そういったことがエキサイティングであり続けられるように、そのエキサイティングな対象に若者がちゃんと飛び込めるように土台を敷いておきたい。

前述の通り、今は基礎と応用の距離が近くなっていて、企業側も昔のように長期の基礎研究所を持ち続けることが難しくなり、大学と一緒にやろうとする気運が高まっています。アカデミアと企業で手を取り合って、今エキサイティングな研究の現場を生かしていく。全体として研究力を上げていくことを、組織として非常に早急に進めていかなければいけないと考えています。